ヴォイストレーニングを始める訳 青春編

2017.03.01 Wednesday 15:00
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    高校を卒業してバンドの仲間達もバラバラになると同時に僕自身の音楽活動も激減して行った。

    ミュージカルの時に出逢った仲間達との繋がりがあったので、僕の青春時代のステージはダンスと演劇が中心になっていった。

    演劇では、みっちりと発声練習をしていたので声が衰えて行くと言う事は無く、むしろ音楽とは又違った声の出し方を身につけて行った。

    それでも。音楽は好きだったので、下手なギターと向き合いながら、曲づくりを積み重ねていた時期でもあった。バンドでは、ほとんどギターを持つ事は無かったから。ひとりで弾き語りのステージに立つまでには、しばらく時間を要した。

    ジャズダンスを通して、エアロビクスのインストラクターとして活動している時のボディーバランスは正に筋肉量も柔軟性も正に試合前のボクサー体型だった。声の量も張りも音域もかなりなレベルで発達して行った。

    ひとりぼっちの音楽活動も弾き語りが出来る程までになると、曲作りも楽しくなり、色々な作品を録音して溜めて行った。年に何回かは知り合いの店でも弾き語りをやらせてもらえるようになっていった。

    作った曲は当時、MDに録音していたので、知り合った人や、興味を示してくれた人には、聴いて下さいと積極的に渡していた。

    そんな時、当時お世話になっていた今は亡き医師のM氏が『今度、函館に矢沢透さんと岸田智史さんが来るから君の歌を聴いてもらってアドバイスを受けるといい』とお言葉を頂いた。

    その時はとても。嫌。とてつもない緊張感で声が震えたのを覚えている。 曲は、『野良猫』『窓辺のキリン』2曲のオリジナル曲を聴いてもらった。

    その時の評価は…。
    楽曲は素晴らしい。
    声は、もう少し力まない出し方を身につけよう。だった。

    『君はプロになりたいか?』と最後に質問を受けたが、僕は、この街を離れるつもりは無いと答えた。

    『君がこの街で、歌い続け、いつかこの街の大きな会場を満員に出来たら。それでプロだよ。頑張って。』

    この言葉は、今でも僕の真ん中にある。

    以上。青春編としてまとめました。

    若いと言う事もあるけど、磨き抜いたボディーバランスと演劇を通しての発声練習のおかげでシンガーとしては伸びに伸びた時期でもあったと思います。



    後編も楽しみにして下さい。

    いつかの空。
    僕は、青春編の頃の自分の声よりも今の自分の声の方が好きです。
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